キミが刀を紅くした


 俺の部屋を開けた時、俺は絶句した。さっき会ったのが瀬川の兄さんでなければ腰の刀を抜いて斬りかかっていたかも知れない。

 だが俺は平常心を取り戻して敵地となった自分の部屋へ足を踏み入れる。後ろ手でふすまを閉めると堂々と腰を下ろしてやった。土方さんと将軍が待つ、その部屋に。



「そうそうたる御方が、来たもんですね」



 頭も下げずにそう言うと徳川の旦那はくすりと笑った。そしてそのまま優しい笑みを浮かべて言葉を発する。小さな声だった。



「瀬川はもうじき死ぬな」


「――貴方が、そう仕向けたんでしょ」


「否定はしない」


「旦那と兄さんの関係を知ってりゃ、駒として動かすのも簡単ですよね。あの人たち自分じゃ気付いてないけど、互いを使えば利用しやすい最高の手駒ですから」


「そうだね」



 土方さんは黙り込んだまま。

 俺と徳川の旦那が口角に笑みを浮かべる。異様な光景と言えばそうだ。一国の主とただの民間偵察に成り下がった俺が対等な場所に立ってそうしているのだから。おかしい。



「しかし総司、お前の勇気は称えてやらねばなるまい。新撰組を裏切りながら大和屋の手先としてまた戻って来たのだからな」


「でも、それも」


「そう。私の予想の範疇だよ」



 徳川の旦那は立ち上がる。恐ろしく大きな人に見えた。雰囲気がそうするのか、実際身長が高いのかは知らないが、怖かった。だが俺は瀬川の兄さんが死ぬ方が怖かった。



「徳川の旦那」



 土方さんが黙れとばかりに俺を見る。



「旦那の目的は一体、何なんですか」



 きっと誰も知らないんじゃないだろうかと俺は思った。ここで俺が聞いても未来は変わらないだろうが、知らないままでは死ねないと思ったのも事実。俺は意を決した。



「反政府組織である紅椿を作る事に賛成し、尚且つ今、紅椿が壊れるのも阻止しない。単に邪魔になったから壊していいと思っているのではないですよね。徳川の旦那、あなたは多分、執着してるんだ――大和屋の旦那に」



「――総司、黙れ」



 土方さんが静かに牽制した。



「人目見た時からきっと、大和屋の旦那を手に入れたかったんだ。だから無茶な事も受け入れた。そして、今、旦那の代わりに瀬川の兄さんを殺そうとしている。それで、全てが終わったら貴方は大和屋の旦那を勧誘する気ですね。徳川の人間にしようとしているのかどうかは……知りませんけど」



「ははは、想像力豊かだな」



 徳川の旦那は笑った。そして土方さんを無視して俺の目の前まで来るとそのまま俺を見下ろした。ひどい見下げ方をされている。



「その通りだよ」



 だからどうした、と言わんばかりだ。



「宗柄を一目見た時に思ったんだ。こいつは世の中を揺るがす事が出来るってね。私の目指す国とはそういうものだ。ただ平穏な国と言うだけでは――つまらないだろう?」



 恐ろしい。そんな笑みをまた彼は浮かべる。そして気付かぬうちに彼は刀を抜いていた。俺は気付くのに遅れ、その太刀を身体で。



「慶喜殿! 何をっ!」



 受けるはずだったのに、何故か抜刀した土方さんが俺の前にいた。守られたのだと気付くのにも少しだけ時間がかかってしまった。




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