キミが刀を紅くした
「刀を収めて下さい、慶喜殿!」
土方さんは言う。だがそれは、裏切り者を庇っていると言う事で。政府に反する者を守っていると、そう言うことになるわけで。
「私は邪魔者を切り捨てる性分なんだ。残してはおけない。それが国を負う者の性だ」
「――逃げろ総司!」
「土方さん、やめてください」
そんな事をしてただで済むと思っているのか。この人はどうしてそんな事を。なぜ。
「俺なんか庇ってどう、するんですか」
「退け、お前ごと切り捨てるぞ」
俺は。この人まで殺すのか?
「やめてください土方さん!」
「行け!」
「俺が死にますから!」
俺はもう負けないと決めた。
誰にも護られないと誓ったのに。
「土方さんが死ぬ必要なんて!」
「行け、お前は侍だろうが! 前を見ろ!」
その言葉は俺が仲間に護られて仲間を沢山殺した時に聞いた言葉だ。その言葉で前を見て、俺は仲間を殺した奴を殺す事が出来た。そして俺は仲間を殺しながらも生きられた。
あの時の声は土方さんだったのか。
俺は下唇を噛み締めて部屋から飛び出した。今は逃げた方が良い。その方が土方さんは助かる。俺はそう考えたのだ。久しぶりに護られた俺は少しだけ賢くなった。
「そこまで悪者になるつもりもないのにな」
徳川の旦那に完全に喧嘩を売った様なそんな形になってしまった。お喋りと好奇心も度を越すと恐ろしく命を脅かすらしい。
だがそのお陰で徳川の旦那の本当の目的が分かった。俺の心はすっきりしている。後は瀬川の兄さんを救い出して大和屋の旦那に新撰組の――土方さんの無事をその上手い口で確約してもらおうかな。そしたら完璧だ。
「旦那!」
大和屋の扉を開けて俺は再び絶句した。
「え?」
血塗れの旦那がさらに血塗れになっていたのだ。倒れる人々は多分、十数人ぐらいいるだろうか。追い付いてきた追っ手なのかはたまた誰かが呼び寄せたのかは知らないが。
俺は息もしていない人々の上を歩いて旦那の傍へ寄った。旦那は生きていた。
「何があったんです」
「お前、何で帰ってきたんだ」
「色々あって。でも瀬川の兄さんは無事でした。まだ殺されないはずです。それより」
旦那は火の消えた釜の前で座っていた。煙管の煙がゆらゆらと天井にたどり着く。俺はそれを眺めてからもう一度彼に問いかけた。
「旦那、何があったんですか」
「いきなり入って来て中村を拐おうとしやがった。服部は一番裏にいた親玉と知り合いだったのか知らねぇが、そいつを追ってどっか行っちまうし、中村はわけ分からんし」
「えぇっと、つまり?」
旦那はよいしょ、と釜の前から退いた。すると中から煤だらけになった中村の姉さんが姿を現した。なるほど隠れていたわけか。
「うちに隠れ場所なんてここしかねぇだろ。そしたらこっから動けなくなっちまって、相手は数で押してくるし、負けるかと思った」
「そんなに強かったんですか」
「まあ数で押されただけだがな」
ごそごそと旦那の背後から出てきた姉さんは咳き込みながらゆっくりと息を吐いた。