キミが刀を紅くした


「姉さんのお知り合いで?」


「まさか」


「ですよねぇ。旦那は?」


「知るか。何て名乗ってたかも忘れた。それより村崎は。無事だって言ったが」



 旦那は口の中の血を吐いて俺を見た。前より怖くないのは彼自身が怪我をしているからだろうか。痛々しいが、親近感を覚える。

 俺は新撰組で起きた事を全て旦那に告げた。話が進むにつれて旦那の眉間には深くシワが刻まれていく。気に入らないのだろう。それはそうだ。好きに操られていたのだから。

 俺の話が全部終わると旦那は深くため息をついた。嫌な沈黙が場を包み始める。



「徳川の陰謀なんてのはどうでも良い。だが俺は、村崎を殺す訳にはいかねぇんだ。あいつだけは――だからもう考えるのはやめだ」



 血だらけの旦那が立ち上がり黒い刃の刀の鞘を握り締めた。刀の刃は血を吸っている様だった。妖刀と言うものがこの世に存在するならばきっとこれの事を言うのだと思う。



「喧嘩売りに行くんですか、旦那」


「馬鹿言え。世の中が俺に喧嘩売って来てんだよ。村崎を殺して丸く収め様なんざ、誰が許しても俺が許すはずねぇだろうが」


「俺も行きます」


「――知らねぇぞどうなっても」


「覚悟の上です。俺は侍ですからね」



 俺はふと中村の姉さんを見た。彼女は既に立ち上がって大和屋の旦那の背を眺めているだけだった。なんて立派な人だろう。この人は多分ずいぶん前に気付いていたのだろう。

 人間はどこを向いても前向きだと。後ろに目がない限り、人は前しか見れないのだと。



「さて」



 旦那は楽しそうに一歩を踏み出した。

 大和屋の旦那が白昼堂々刀を剥き出しにして歩くものだから、すれ違う人たちは遠巻きに反乱者と理解している様子だった。その中に俺がいるから驚いている人もいた。中村の姉さんの知り合いも、何人かいるらしい。

 だが俺たちはそれを無視して新撰組まで歩いた。目的は生きる事ではない。瀬川の兄さんを救い出す事だけだ。ただそれだけ。



「大和屋」



 新撰組の敷居を旦那が跨ごうとした時、傷だらけで血塗れになった服部の兄さんが現れた。旦那は踏み出した一歩を引いて止まる。新撰組にはもう一報があったらしく、門の向こうで隊士たちが警戒していた。



「服部か。何か言いたそうだな」


「ああ。だから待ってた」


「そうか」



 旦那は不意に中村の姉さんの武器を取り上げた。いつも吉原の旦那が持っていたあの小刀だ。譲り受けたのだろうか。あれを。



「行け、中村」


「え?」


「土方を探して来い」


「――分かりました」



 中村の姉さんは一礼をしてから敷居を跨いだ。隊士は丸腰の彼女を斬るわけにもいかずただただ道を開けるしかない。



「で、話は?」



 旦那の言葉に服部の兄さんはため息をついた。中村の姉さんを人払いしたと言う事は明らかに彼女のことについてだ。旦那は兄さんが何を言いたいか知っていたみたいだ。



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