キミが刀を紅くした


「椿を拐う」


「単刀直入過ぎるだろ」


「さっきの椿を狙った奴らは吉原に雇われた奴らだった。詳しく言えば島原の百代に雇われた人間だった。吉原はお前を殺したくないらしい。だから瀕死にさせようとしたんだ」


「どういう意味だそりゃ」


「百代は椿を殺したくない。吉原はお前を殺したくない。そういう事だ。お前が動かなけりゃどっちも危険になることはない」


「だが村崎が」


「瀬川に執着してるのはお前だけだ。とにかく俺はこの期に乗じて椿を拐う。お前の勝手で椿を死なせるわけにはいかない」


「――そうだな。勝手にしろ」



 大和屋の旦那は服部の兄さんを見る。



「俺は好きに動くぜ。確実に拐えよ」


「当然だ」


「あぁ、服部」


「何だ」


「吉原と中村に謝っといてくれ」


「なぜ」


「さあ、なんとなく」



 旦那は一人になった。そんな気がした。



「俺は旦那について行きますからね」



 だからかどうか知らないが、俺はそんな言葉を放って刀を抜いた。大和屋の旦那はそれを見たのかどうか定かではないが一歩を踏み出した。そしてそのままのスピードで流れるように隊士を斬り始めた。俺の仲間を。

 胸は痛かった。かつて守りたいと願った人々を俺は斬り殺す役割に回ったのだから。だがその痛みを堪えながらも旦那に続いて俺は刀を降り下ろした。仲間を一人ずつ殺した。俺は侍だから、前を見なければ、いけない。




 もし大和屋の旦那に出会わなければ。

 だが大和屋の旦那に出会わない為には新撰組に入ってはいけない。だが新撰組に入らなければ俺は生きてはいられなかった。最早考えても無駄なんだろうと思い始めた頃、俺は隊士の誰かに背後から背中を斬られた。

 痛覚を刺激されたと同時に俺は振り返ってその隊士を斬り殺した。彼の血が俺の顔にかかる。その人は割りと良く俺を慕ってくれていた隊士だった。名前は思い出したくない。


 旦那が何処にいるか分からなかった。

 考えるのはもうやめた。



 きゃあ、と中村の姉さんの声が聞こえた。多分服部の兄さんが彼女を拐ったのだろう。こうして俺たちは二人になった。二人か。俺は強さを追い求めるあまりに道を間違えてしまったのだろうかと思った。あぁ、また。

 また俺の頭は動きたがる。



「総司」



 近藤さんの声がした。



「総司! どうして! 」



 それは俺が一番知りたい事だ。



「どうしてでしょうね、本当」



 家族のようにしてくれた人を俺は殺す。本当の鬼は案外俺みたいな奴を言うのだろう。本当の勝手な人間はたぶん、俺だろう。

 俺は近藤さんの声を聞きながらも、刀を奮う事をやめなかった。やめたら死ぬと分かっていた。俺は仲間を殺しても、仲間に殺される事だけは避けたかった。こんなにつらい思いを誰が仲間にさせてやるものか、なんて。



「大和屋、お前は何をしてるんだ」



 そんな、ことを。考えた。



「瀬川の居ない、この場所で」



 土方さんが丸腰で歩いてきた。


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