キミが刀を紅くした
島原は灯が多いから暗い夜も明るい。俺はそんな明るい夜を歩きながら島原の一番奥手にある影に隠れた大きな屋敷へ歩いた。
「邪魔するよ」
「あ、丑松さん!」
「おっと」
俺は転けそうになった女を受け止めて、彼女の支えになった。この人は京さん。本名は知らない、彼女も覚えていないと言うから特に問題はないと思うけど。
俺の名付け親であるお松を慕って吉原の自警団である百代に入った数奇なお人だ。割りと強い。
「会いたかったです、丑松さん」
「俺も会いたかったよ。ところでお松は? 呼ばれてたんだけど」
「あぁ、いつもの部屋でくつろいでおいでです。今呼んで来ますから上がって待ってて下さいな」
「ありがとう京さん」
とたとた、と音を立てて京さんが二階へ上がっていった。俺は一階でくつろぐ百代の面々に挨拶してから、奥の部屋へ入って行く。
俺の寝床は日々変わるものだからここに入るのは久しぶりだったりする。島原で商売をしている屋敷と言う屋敷は俺の家で、寝床なのだ。たまに宗柄の所に行くが。
「丑松さん茶菓子でもどうだい」
「あぁ、悪いね。妙さん」
「茶菓子くらいなら幾らでも出すよ。あ、お茶も飲めば良い、新しい葉が入ってるんだ。美味いよ」
それは断るわけにはいかない。そう思って二つ返事をしようとしたのだけれど、それはお松によって止められてしまった。
お松は眠そうな顔で来た癖に、しっかりと化粧をしている。着物だって乱れている様子はない。さすが島原に住まう女、なんてな。
「絹松さん」
「丑松がいるからって、誰一人見回りに行かないのはいただけないよ。さあさあ、行っといで妙子」
「は、はい」
彼女の言葉に散って行った百代たち。俺はお松を見上げた。口には茶菓子を入れたままだったが。