キミが刀を紅くした
「あんたが来るといつもあぁだ。呼んだのはそりゃ、あたしだけどね。仕事にもなりゃしないよ」
お松は文句を言いながら座り、俺がもらったはずの茶菓子を頬張る。中身は水饅頭だった。
水饅頭は俺の大好物だ。百代の彼女たちは覚えていてくれたらしい。いつだったかの、思い出を。
「あんたの好物だね、これ」
「覚えてくれてるの?」
「勿論さ。皆覚えてるよ」
俺が島原で一番に食べた物を。つまらない、そんな事を覚えるくらいなら他の事を覚えれば良い。
思い出なんていらない。
俺は好き勝手に生きてる人殺しなんだから。彼女たちをここに放り投げた男たちと、同じだ。
「お松、何で俺を呼んだの?」
「何故って頼みごとがあったからさ。上の屋敷の華宮太夫の事で」
華宮太夫、華さんは今の島原で一番人気の高い女だ。月光の当たる一番大きな屋敷で接待している彼女は、遊女たちの憧れである。
自由に一番近い女だ。
それが戯言である事は、華さんが一番よく分かっているけれど。島原に自由なんてないのだから。
「彼女、サイコロを持ってたろ」
「あぁ、赤いサイコロ?」
「そう。どうやらそれが無くなってしまったらしいんだよ。ただ無くしたのか、客にやられちまったのかは分からないんだけどね」
俺は水饅頭を口に放り込んでお松の言葉を聞いていた。もしかすると、賭博場に流れてしまったかもしれない、なんて考えながら。
俺はあのサイコロにどれだけの想いがあるのか、よく知らない。
「無くなっちまったものは仕方がないんだけどね。一応様子を見に行ってくれるかい? ここ一週間一度も仕事をしていないんだよ」
「仕事熱心な華さんがねぇ」
「頼むよ丑松」
「うん。任せて」
華さんは、島原にやって来たお松を百代に入れた張本人。そして彼女は俺の母親の一人である。