キミが刀を紅くした
俺は百代の屋敷を後にして、また夜の街を歩いた。向かうのは上の屋敷、華さんの処ではない。
俺が向かうのは京旅館だ。
色街を出てすぐ、古ぼけた今にも崩れてしまいそうな旅館。俺はその戸をゆっくりと叩いた。
「はい、今すぐに」
高い綺麗な声が聞こえて、椿が戸を開けた。若女将だと言う癖に雑務ばかりしている変な女だ。
俺は彼女に笑いかけてから敷居を跨いだ。段に腰を降ろすと、彼女はお茶と菓子を出してくれた。
「お上がりになったらどうです」
「悠長に話してる場合じゃないんでね。椿もそうなんだろう?」
「夜はお互い忙しいですからね」
微笑んだ彼女は言葉とは裏腹に俺の隣で遠慮がちに膝をついた。彼女には紅が似合う。椿の着物は彼女の為にあるようなものだ。
だが残念ながら美しさに紛れて血の色も似合うようになった。
「そういえば、お忙しい丑松さんに紅の椿からお手紙が着てましたよ。なぜか丑松さんのはいつも此処に届きますね。不思議です」
俺は椿から桃色の文を受け取った。中には何も書かれていない便箋と椿の花びらが一枚だけ。
椿はそれを確認して言った。
「賭博場にいらっしゃる、楠木十兵さん。徳川の御得意様を騙して自殺に追い込んだとのお話です」
「丁度良いね。俺も賭博場には用事があったんだよ。今夜中には片をつけられると思うから」
「はい。頑張って下さいませ」
きらり、と簪が光った。
「結婚しないのかい、お前は」
「何を突然仰いますやら。こんな仕事をしていて嫁げるとは思っておりませんよ。一寸先は闇です」
「じゃあ何で紅椿なんかに入ったりしたんだ。不思議な女だなあ」
俺が茶をすすると、彼女は優しく微笑んでそれを見守っていた。
綺麗な花ほど刺があると言うけれど、中村椿には昔から一本だって刺はない。なのに運命だとか何だとかって独りを好んでいる。
隣にいると心地良い。だけど椿も俺も分かっている。俺たちが人を殺して生きていると言う事を。