キミが刀を紅くした
選ばれた場所は人通りのない路地だった。どちらかと言えば、賭博場よりも島原の方が近い。目と鼻の先だ。俺には都合が良い。
刃が剥き出しにされた刀を両の手に持った男は、無防備な男を目の前にいきり立っていた。
「お前を斬る前に一つ」
「何だい」
「いかさまでないと言うのなら、なぜ半に賭けた。あれだけの大金保証がなければ賭けれぬはず」
「――そもそも賭け事に保証なんてないだろ。俺はただ少ない方に賭けただけだよ、その方が勝った時に金額が跳ね上がるからね」
「負ける可能性もあったと?」
「勿論。まあそこで負けりゃ、俺もそこまでの男だって話さ。ところで、楠木殿。下の名は?」
「……十兵だ。楠木十兵」
きり、と彼が刀を構えた。俺は残念ながら武士ではないので帯刀している訳ではない。だから構える刀は一本だって持っていない。
彼は賭師だけでなく武士の風上にもおけないみたいだ。武士道を何だと思っている。何度も言うが俺は武士ではないけれど、丸腰で無実の奴を相手に刀は抜かない。
「お前を斬らねば俺の心は収まらないんでな……いざ、参る」
刀が振り下ろされる。俺はそれをしっかりと目に焼き付けてから楠木十兵の懐に入り込んだ。
俺の武器は小刀である。懐に入りさえすれば心臓は一突き。喉元を掻っ切る事だって簡単なのだ。なんて。これは宗柄の入れ知恵。
「……幕府の得意先の御方を死に追い込んだとの事で、紅椿からの制裁が来てるよ、楠木十兵さん」
「な……き、きさま」
「ついでに言うと、俺にイカサマ疑惑をかけるなんて百万年ほど早い。本当にイカサマするなら俺はもっともっと上手くやるからね」
俺は紅の椿を散らした。
「――もう聞こえてないか」
血を丁寧にふき取ってから小刀を懐にしまい込む。彼は明日にでも誰かに見つかるだろう。椿があればトシか総司が適当に誤魔化してくれるだろうから大丈夫だ。
俺は派手な着物を翻して、島原に向けて歩き出した。お松に言われた通り、華さんの様子を見に行かなければならない。