キミが刀を紅くした
朝に近づいたからか島原の道を歩く人も減っていた。俺は一人、寂れた島原を血濡れた着物で歩いていた。振り返る人はいない。
そうして島原一大きな屋敷の暖簾を潜る。遊女は俺が客でないことを確認しゆっくり息を吐いた。
「おかえり丑松、さっき華宮太夫のサイコロが届いたんだよ。あんただろ? ありがとうねぇ」
「いや。俺は偶然見つけたんで返してくれないかって頼んだだけだよ。礼を言われる事はしてない」
「それでもさ。会ってお行き。華宮太夫も会いたがってたから」
ぐいぐいと手を引っ張られるままに俺は階段を上っていく。窓が開ききった見晴らしの良い一室に連れていかれた俺は、そのまま大きな窓から夜の街を覗いた。
「丑松、待たせて悪かったね」
宝を無くしてからは商売をしていないとお松は言っていたが、華さんの笑顔は生きていた。これは生き返ったと言うべきなのか。
島原一の客取り美人はやはりこうでなくちゃならない。俺は安堵と共に微笑した。綺麗な人だ。
「お松に聞いたよ。あんたにまで要らない心配をかけたみたいで悪いね。これ、本当にありがとう」
「俺は」
「何もしてないなんて言わないでおくれ。これを持って来た旦那が全部教えてくれたんだから」
華さんは真っ赤なサイコロを二つ手にして、それを眺めていた。
やっぱり思い出があるのか。幸せそうにしている彼女を見て俺は少しばかり安心した。人斬りのこの手がそのサイコロに触れなくてよかった。触れずに届けられて、本当によかった思っている。
「ねぇ丑松、今日はうちに泊まっておいきよ。あんたの好きな水饅頭を沢山用意させるからさ」
「饅頭なんかなくったってそうさせてもらうよ。もう随分遅いし」
華さんは嬉しそうに微笑んで、俺が泊まる準備の為にか忙しなく部屋を出て行こうとした。
だが彼女は振り返る。
「そういえば、花簪の椿ちゃんがお前さんの事を探し回ってたらしいよ。何でも急ぎの用とかで」
「何か言ってた?」
聞くと華さんは眉を下げた。彼女はこう言っていたそうだ。
――宗柄さんが消えた。
(00:吉原丑松 終)