キミが刀を紅くした
服部半助
闇夜に動く一つの影。忍の姿を知る人は少なく、滅多な事がない限り人前に現れる事はない。
戦国の世みたいに忍が裏で活躍する時代はもう来ない、と誰かが言っていたが忍術の他に俺は生きる術を知らないから仕方がない。
「……気配を消す割りには、毎回戸の引き方が雑だぜ。服部」
一般人は作法的に戸の引き方を学ぶ。静かにお淑やかにと女性は特にそれを身に付けている。だが俺はそれを知らずに生きてきた。
俺は戸を閉めて大和屋に近付いた。足を怪我していると聞いていたけれど、嘘だったらしい。
「慶喜殿の差し金か?」
「主がお前の様子を見て来いと」
「様子見ねぇ。結局、俺に始末をつけろって言いたいだけだろ」
瀬川村崎が新撰組に捕らえられたのは一昨晩の事。土方も沖田も吉原も椿も、そうして主も大和屋の出方を待っている状況だった。
最初に瀬川暗殺依頼を受けたのは大和屋だから、最後を飾るのも彼だと言うことだろう。
瀬川は運が良いのか悪いのか。
「今日にでも村崎を慶喜殿の所へ連れていく予定だったんだがな」
出来なくなっちまった。
大和屋はそう言って煙管の煙をゆっくりと吐いた。刀を打つ小槌を片手にしている癖に、さっきからそれは一度も動いていない。
彼の近くには刀が束になって置かれている。打ち終わったものかそうでないのかは知らない。
「知ってんだろ。村崎の奴、新撰組から逃げやがった。土方も沖田も内密に村崎を捕らえていたから隊を引いて探す訳にもいかねぇ」
「どうする気だ」
「どうするもこうするもねぇよ。世間に知れずに慶喜殿に会わせようと思ってたのに……」
「探せば良いだろ」
「探したさ。街中と村崎の家まで行った。なのにあいつは何処にもいねぇ。どうすりゃいい」
いつもは主とも対等に話してしまう偉そうな男なのに、幼馴染み一人に振り回されている。
俺には分からない。
「……お前、俺の代わりに探して来てくれねぇか。あいつ昔から、隠れんぼの天才なんだよ」