キミが刀を紅くした
大和屋は随分と参っている様子だった。薄暗い鍛冶屋『大和屋』には奴が吐いた煙と炎の熱さが充満している。空気は良くない。
「そうだ。服部、お前が探してきてくれ、忍者なんだから何となく村崎の場所は分かるだろ」
「分かる訳ない」
「そう言うな。お前がやってくれなきゃ誰も村崎を見つけられねぇぜ。慶喜殿の為にも頼むよ」
「主の名を出せば動くと思うな」
「……でも動くだろ。村崎の件を何とかしなきゃ損するのは俺でも紅椿でもなく慶喜殿だぜ」
口と頭ばかりが上手い。この男は本当にそれ以外に能があるのかないのか。俺は溜め息を吐いた。
確かに損をするのは主だが、それは瀬川村崎を殺さなかった場合だ。そもそも大和屋が奴を殺さなかったのが始まりなのだから。
「瀬川を殺せば早い話だ。主の手も煩わせずに始末をつけられる」
かん、と小槌が打たれた。
「出来るならそうすれば良い。返り討ちにあうか、俺がお前を殺すのが先か……どっちにしろお前の死期も早めることになるがな」
「殺したくないなら、どうして依頼を受けたりした。お前なら断れたんじゃないのか」
かん、とまた刀を打つ音が聞こえる。大和屋は強い。奴が武士であり今が戦国の世であれば、歴史にも名を残せる程だっただろう。
彼には人を惹く力がある。
だが瀬川には、そんな男を惹き付ける力があるのだ。一度くらい仕合って貰いたいものだが。
「お前の主を前にして、断ると口に出来る奴はこの世にゃいねぇだろうよ。居るなら会ってみたい」
何だ。偉そうなのは見た目だけか。対等に話しているように見えたのはただの虚勢だったのか?
多分、やってみれば口答えぐらい出来たと思う。何らかの理由で彼はそれをしなかっただけで。
「瀬川を探してくる」
俺は静かに戸を開ける……けれど意思とは反対に戸は雑に開いてしまった。大和屋がくすくすと笑うので、俺はつい振り返った。
「笑うな」
「悪い。村崎のこと頼んだぜ。俺は後にでも慶喜殿に伝えておくから、そのまま連れてってくれ」
俺はその言葉を背に受け止め、昼間の街に足を踏み出した。