キミが刀を紅くした
椿は前に俺の黒い忍装を見て、暑くないのかと聞いた。だが昼間に動く事など滅多にないので、問題はない。今は……特別だ。
だがさすがに道の真ん中を歩くわけにもいかず、俺は来た時と同じく屋根の上に道を作った。
屋根に誰かが寝ている。帯刀しているから武士か、この時間に寝ているなど怠け者だろうけれど。
「父の言う通り、忍はまだ健在していたのだな。昼間から動くとは精の出る……主は喜ぶだろう」
男は半身を起こして俺を見る。俺は不意にかけられた声に足を止めてしまっていた。そのまま、彼を見下ろす事しか出来ない。
随分と柔らかい声だ。いや、先ほどまで大和屋のそれを聞いていたからそう思うのかも知れない。
「仕事中に声をかけて申し訳ないのだが、この近くの道に誠を背負った男を見かけなかったか?」
「……いや」
「そうか。ありがとう」
追われているのかもしれない。俺は男の顔をよく見た。手配書は数枚記憶しているが、そのどれにも当てはまらない顔である。
ふと、俺は彼の手元に目を奪われた。真っ赤な花がそこにある。それが椿だと言う事は紅椿の一員だからか、俺にも理解出来た。
「その、花は」
無意識に出た疑問は男の耳に届いてしまった。彼は手中にある花を見て、ため息を吐く。そうしてまた半身を下げて、空を見た。
雲一つない、真っ青な空を。
「椿だ。近頃、赤い椿を良く目にするようになったから……いいやこれは……落ちてたんだが」
彼は一言一言、探るように話していた。それは俺の様子を伺っているのではなく、頭の中で本当に言葉を捜している様であった。
この人は、穏やかな人だ。
全てが柔らかい。声も表情も仕草も言葉も視線も吐息でさえ。大和屋に彼の爪の垢でも煎じて飲ませれば少しは似るだろうか。