キミが刀を紅くした
俺はしばらく彼の傍に立っていた。理由はよく分からない。早く瀬川を探して、主の元へ連れて行かなければならないのだけれど。
今日ばかりは立ち止まった。彼の隣が案外心地よかったからかも知れない。少し昔の主に似てる。
「椿の花は好きか?」
「どちらでもない」
「そうか。俺は、嫌いだよ」
男は手にしていた椿を、握りしめた。微かな音を立てて花びらが数枚瓦屋根に落ちていく。
刀と彼の身体のわずかな隙間に落ちた花びらは灰色の瓦に良く映えていた。紅色の、椿だ。
「嫌いだったんだけど……俺は椿の事を何一つ知らなかったんだ」
「花の事は俺もよく分からない」
男は俺を見て少しだけ笑んだ。そうして俺は気づく。彼が瀬川村崎、その人だと言う事に。
帯刀している刀。それは大和屋が徳川幕府に献上し、瀬川村雨の手に渡ったと言う芥生流水だ。もう少し早く注目すべきだった。
「俺は自分のした事が正しかったかどうかさえ分からない。迷っている。だからそろそろ決着を付けに行かなければならないんだ」
「決着」
「忙しいのに引き止めて悪かったな。俺も寝てばかりじゃだめだ」
瀬川は今度こそ立ち上がった。行ってしまっては困る、と思って俺は彼の腕を掴む。何と説明すれば良いのか、良く分からない。
彼は驚いていた。
「瀬川村崎、か」
「な、なんで名前を」
「会わせなければいけない人がいる。来てくれ。そこで――大和屋にもきっと、会えるはずだ」
途端に彼の目つきが変わった。