キミが刀を紅くした

 階段を上り、二つ目の部屋。そこに主はいらっしゃる。俺は戸を軽く叩いてゆっくりと引いた。

 瀬川は主の姿を見た途端、膝をつき頭を下げて動かなくなる。



「宗柄から話は聞いているよ。ご苦労様半助。お前も入りなさい」


「はっ」


「……失礼致します」



 瀬川の背を押すと、彼はようやく動き出す。そうして主の前までやってくると、また深く頭を下げた。俺はその斜め後ろに座る。

 瀬川は主の言葉を待っていた。

 そこへ、大和屋が入って来る。彼は瀬川の隣へ来ると腰を下ろした。頭は下げる気配すら、ない。



「揃ったな。頭を上げなさい。今日は込み入った話をするのだからそんなに気を遣っていては滅入ってしまうよ。さあ、上げて」



 瀬川は頭を上げた。彼はずっと主を視界に捉えたままである。大和屋の方は一度だって見ない。

 俺は成り行きを見守るしかする事がなかった。沈黙が部屋を包んでいく。大和屋は静かに俯いた。



「村崎と呼んでも構わないか?」


「勿論です。どうぞお好きに」


「では村崎。私は回りくどいのが苦手なので確信をつかせてもらうが……話すのは紅椿のことだ」



 紅椿。こうして改めて彼の口からその言葉を聞くと、始めの事を思い出す。紅椿の始まりだ。


 それはこの屋敷で交わされた。

 お忍びで京を訪れていたのにも関わらず、大和屋は主の居場所を突き止めてこの屋敷を訪れた。 

 そこで恐るべき計画を主に話したのだ。俺はその時、大和屋ほど己の身が可愛いと思っている奴はいないだろうと思った。


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