キミが刀を紅くした
「旦那ってもしかして瀬川村雨殿の息子さんだったりするの?」
「あぁ。村雨は父だ」
「そうか。それで宗柄の友人なんだね。成る程、あい分かった」
「何が分かったんだ」
「関係性。人の繋がりははっきりさせておいて損はないから。悪いね、吉原に生きてると変な癖がついて。気にしないでくれよ」
彼がそう言うものだから、俺は黙ったまま桜餅の最後の一口を頬張った。そうして茶を飲み、忘れていた大変な事に気が付く。俺は財布を取られてしまったから今は持ち合わせがなかったはずだ。
「それにしても良い天気だねぇ」
隣で吉原丑松が呟いた。
「あー、あの、吉原殿」
「丑松で構わないよ。宗柄の友人ならお近づきにならなきゃいけない。で、何だい村崎殿」
「初見に言う台詞ではないのは承知しているし、そもそもは俺が悪いと言うのも重々承知しているのだが。丑松殿に頼みがあるんだ」
「うん、何だい?」
金がないのに桜餅を躊躇せずに食ってしまった。だから金を貸してくれないか――なんてそんな事は簡単に言えるものではない。
ましてや瀬川村雨の名を知っている男である。良い噂は聞いていないだろう。言いにくい事極まりないのは言わずもがな、である。
「早く、言いな」
「……さっきスリにあったのを忘れていたのだ。家には勿論あるのだが、今の払いがなくてな」
「スリ? あぁ、財布を?」
俺は黙って頷いた。丑松殿はそれを見てくすりと笑いその少しだけつった目をさらに細めて、俺なんかに女が落ちそうな顔をする。
俺は小さく深呼吸をした。
「……少しばかり貸していただけないだろうか。頼む丑松殿。今夜にでもお返しに上がるので」
「あぁ、かまわないよ。餅の一つや二つで返せとは言わない。ここは出会いの記念に俺が持とうじゃないか。気にしないでいいよ」
彼は追って、笑った。