キミが刀を紅くした
俺は彼に深々と頭を下げた。だが丑松殿はすぐに俺の頭を上げさせる。そうして彼は笑んだまま運ばれてきた団子を頬張った。
「丑松殿。貴方は吉原にお住まいなんだったな。相違ないか?」
「ないよ。吉原の店を点々としてるから、何処かで俺の名を出せば多分誰かが答えてくれるはずだ」
「分かった。借りは必ず返しに行くよ。すまないが今は、頼む」
「返さなくても良いってば」
そうはいかないと俺は首を振った。そうして彼にもう一度頭を下げてから、茶屋の長椅子を立つ。
もう行くのか、と彼は聞いたが代金を持っていなかった手前、この場に留まるのは気が引ける。俺はそのまま茶屋を離れた。
刀は六本、大和屋に預けた。少し休んだら夜の街へ戻り、紅椿を探しに出なければならないな。
「聞いたかい? 今夜の標的は花簪の裏手の御仁だそうだ」
「花簪の裏ってーと、椿ちゃんが居る旅館の裏側かい?」
「あぁ。何でも御上の癪に触れたらしい。詳しい事は知らんが、真っ赤な椿の花びらが玄関先に置いてあったそうだよ。可哀想に」
そんな会話が聞こえて俺はふと足を止めた。真っ赤な椿と言えば浮かぶのは紅椿だが、彼らは予告もするのだろうか。盗人じゃあるまいし。俺は足を止た。
「頓所には行ったのかい?」
「いや。その裏手の御仁もあまり良い商売をしてる人じゃないんだよ。頓所に行ったら助けられる前に連行されちまうって事さ」
「死ぬよりはマシだろうに」
「意地のある御仁らしいからね」
二人の町人は俺の存在に気付く事なく去っていった。俺ははっとして急いで近くの人を捕まえる。
今の情報を聞き流すのは惜しい気がしてならない。根拠も何もないが信じてみるのも一つである。
「すまない、花簪とは?」
「中村さんとこの旅館かい? それなら大通りを抜けて、花街に入る道の手前にあるよ」
「旅館か……ありがとう」
俺は踵を返して花街方面へ向かう事にした。今夜の稽古場の下見をしておく事にしよう。