キミが刀を紅くした

「服部は戸を開け閉めする時だけ乱暴なんだよ。自分では静かに閉めているつもりらしいんだがな」



 何事もなかった様に桃色の文を封筒にしまいこむと、大和屋はいつもの通りに茶をすすった。休日のワンシーンの様な姿である。

 俺は椿の花びらを手に持ったままその一連を見ていた。口から出る言葉はまだ見つからない。いや見つける気もないかもしれない。



「二人とも……俺がやろうか?」



 大和屋は俺の様子を汲む。

 だが俺は首を振った。逃げられないのは知っていた。逃げようものなら命を失う事になるだろう事も予想出来たし覚悟もしていた。

 だが、いざ椿を手にするとこんなにも心が揺らぐ。大和屋が目の前に居なかったら逃げ出しているかも知れない。それぐらい恐い。



「大丈夫」


「何がだよ」


「俺が何とかするから」


「そう言って――俺を巻き込んだのはお前だろ。口ばかり達者になるんじゃないよ、お前って奴は」



 あぁ、違う。そんな事を言うべきではない。これは俺が決めた道なのだ。大和屋を責めてどうにかなる様な話ではないのだ。それくらい、分かっているはずなのに。



「悪い。ちょっと混乱してて。今可笑しいんだ俺。二、三日くれ」


「何日でもやるよ」


「お前の所まで行くから。それまで待っててくれ。最初の仕事がお前と一緒でよかったよ」



 大和屋は稀に見せる微笑みで返事をした。彼が「ご馳走さま」と去って行く姿を見ながら、俺は同じ事を何度も何度も考えていた。


 殺すのが恐い訳ではない。今まで戦場で見知らぬ人を殺して来たのだから、今さら恐がる事ではない。俺の精神はもう狂っている。

 じゃあ何が恐いのだ。

 それが分からないから恐いのだろう。今の俺の周りにはもう恐怖しかない。なぜだ、どうして。


(01:七人目の反逆者 終)

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