キミが刀を紅くした
「で、その女の名は」
「露子。華宮太夫の屋敷で酒や料理を用意している女です」
「露子? 西崎露子か?」
「さぁ、苗字は存じないが」
旦那がいる女を拐いたいと言うのか。ただの同名である事を祈るしかないが、とにかく島原に行かなきゃいけないらしい。
まあ、西崎を見がてら露子の正体を掴めば良いか。俺は自分にそう言い聞かせて沢田を見た。
「じゃあその露子って女を確認次第、追って連絡するから。それまでしばらく待っててくれ」
「はい。俺はしばらく花簪に居りますので、何卒お願い致します」
また深々と頭を下げた沢田は風呂敷を置いて花簪へ帰った。中身は金銀財宝、とまではいかないが凄い金額の金小判だった。
さすが千両役者か。財産と地位を投げてまでその女が良いかね。俺はやはり、その女が西崎露子でない事を祈るばかりである。
「……さて、行くか」
かん、と最後に一打ちしてから俺は立ち上がった。刀を数回空気に当てると漆黒の刃が釜戸の炎に煌めく。良い、出来である。
さてさて果たして彼の願い、叶えてしまって良いものだろうか。勿論の事ながら一筋縄ではいかないだろうこの件、俺は手始めに島原へ向かう事にした。
夕刻の島原は既に活気付いている。俺は人波を掻き分けながら屋敷の一つ一つを見て回った。
「おい兄ちゃん、人にぶつかっといて物一つ言わねぇのは如何だ」
肩がぶつかってそんな言葉を投げられた俺はゆっくりとその人を振り返った。どこぞの輩がふんぞり返って立っている。遊女と手下を蔓延らせる姿は滑稽であった。
その台詞はそっくり返してやりたい。俺は止まって屋敷を見上げていたのだぞ。ぶつかりに行く要素が何処にあると言うのだ。
「おい、てめぇ」
輩は女手下の前で格好をつけたいらしく、抜刀した。そして物言わぬ人に切っ先を向けて馬鹿らしく汚らわしく笑いやがる。
不愉快極まりない。
刀は武士の魂だぞ。その錆びて刃こぼれした様は何だと言うのだ。侍の風上にも置けない。それで村崎と同じ武士だとは……決して名乗らせたくないもんだ。