キミが刀を紅くした

 吉原が男を連れて女を率いて何処かに行った後、京さんと呼ばれていた女は俺を見て微笑んだ。

 見た顔である。だが何処で見たかは皆目思い出せそうにない。俺はただ「京さん」の後をついて歩いた。会話はない。必要もない。



「二階のあの、大きな開きがある部屋が華宮太夫の居場所です」



 本当に大きく綺麗な屋敷の前で彼女は立ち止まった。俺は彼女に礼を言い屋敷に足を踏み入れる。

 中も外観に負けないくらい豪華であった。何故か女たちが俺を見て手招きをする。さて、どうやって中に入り込もうか。困った。

 動かない俺を見て何を思ったかは知らないが「京さん」が女たちを散らしてくれた。そして問う。



「華宮さんは?」


「龍さんを接客中です」



 ……龍さん。



「大和屋さん、待ちますか? 何なら違う屋敷へも案内しますが」


「いや、待ってる。ところで龍さんって西崎の旦那か?」


「えぇ。お知り合いですか?」


「あぁ。ちょっと昔にな。それで“龍之介”はよく来るのか?」


「それはもう御贔屓にして頂いてます。あぁ、でも最近は来すぎぐらい来て頂いてて……」



 手慣れた動作で茶を運んで来た女が案内の女を密かに小突いた。

 どうやら何かあるらしい。



「何か困り事だな」


「いえ、消してその様な事は」


「俺から仄めかしておいてやろうか。お前らみたいな美人に悩みを持たせるなんて何様だ、って」



 女は照れて顔を見合わせた。吉原ならもっと上手くやるのだろうが、俺だって捨てたものではないはずだ。その証拠に、ほら。

 こっちを向いた。



「瀬川さん!」



 あれ。

 振り返ると不思議な顔をした村崎が立っていた。残念ながら……女は瀬川村崎を見たらしい。それにしても村崎は何をしてるんだ。

 口を開こうと思ったが。


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