キミが刀を紅くした
あの子を、露子を沢田さんの所へ連れ出してやってくれないか。
華宮太夫はそう言った。夫の不貞さに愛想を尽かし、子供を養う為に島原に出て来た女。それが西崎露子であった。彼女は長く島原で働いているが、そこで付き添い客の沢田操と恋に落ちたのだ。
村崎は偶然に疲労で倒れた露子を介抱したらしい。そして沢田操との関係を知り、上手く行けば良いと思っている。殺さなければならない人だとも知りながら。
「露子、此方が例の旦那だよ」
「宜しくお願いします」
以上から、俺は西崎露子を沢田の所へ行かせる事にした。旦那と離れて何年か、反幕の徒は西崎龍之介だけだと判断したのだ。勿論紅椿の文を受けた手前、彼女も殺したことにしなければならない。
「もし吉原丑松に見つかったら俺が奴を止める。アンタは沢田の家まで走るんだぜ。良いな?」
「はい」
決行は島原も寝静まった朝方である。夜の間に沢田に連絡は付けておき、西崎龍之介も紅椿が――俺が殺しておいた。後はこれが上手く行けば村崎は彼女を殺さずにすむし、万事上手くいくのだが。
簡単には行かないはずだ。
「露子、幸せにね」
「ありがとう華さん」
「じゃあ旦那、お願いします」
俺は露子を引き連れて薄明かるい島原を歩き出した。アイツに見つかると厄介だ。だがそう思う時に限って見つかるものである。
誠が提灯片手に見回る様に、奴は噂を聞き付けて島原唯一の出口で待ち伏せをしていた。全く、番犬も朝早くから苦労なこった。
「こんな明け方に何処まで行くんだい、露さんに……宗柄」
やっぱり、ばれてやがる。
「行け。二度とその名を名乗るんじゃねぇぜ。違う人生を作りな」
「は、はい」
「島原から逃げる事は時代が許さない。残念だが掟だよ。露さん」
「黙れ。時代は常に流れるもんだろ。お前の相手は俺だぜ、吉原」
人の為に刀を奮うのは何年ぶりだろうか。俺は感覚を確かめながら奴の小刀に合わせた。それは。
漆黒の両刃刀が日の出に輝くまで人が重い瞼を開くまで続いた。