キミが刀を紅くした
瀬川の家からさらに街から離れた場所に沢田操と沢田露子の住む小さな屋敷はあった。瀬川が先を歩いていたので彼が戸を叩く。
出てきたのは消えた千両役者である沢田操だ。世間は悔しがって泣いた。彼は人気だったからな。
「瀬川殿! あの節は本当にありがとうございました。大和屋殿にもお礼をお伝えしたいのですが」
「そんな、構いませんよ。大和屋もそんな事は気にしない奴ですから。それよりも今日は――」
俺は一歩を踏み出して刀を見せた。新撰組だと知らせるためだ。沢田は冷静にそれを読み取ったらしく俺に小さく頭を下げた。
「沢田操だな」
「はい」
「西崎龍之介が紅椿に殺された件について、沢田露子に話が聞きたい。彼女を呼んでくれるか」
沢田は瀬川の方を伺った。瀬川もまだ俺が何をするか分からず言葉を発せない様子だ。無理はないか。だがこれでも信頼は得てきたつもりなのだがな、副長として。
仕方なく俺は自分の刀を瀬川に突きつけた。刀が武士の魂などとはよく言ったもの。そんな事を言うのは戦バカか刀バカだけだ。
俺の魂は俺の中にある。そもそも魂など空虚に過ぎないが言葉を借りるとしたら俺の魂は刀ではなく新撰組にあると言えるだろう。
「大丈夫、話を聞くだけだ」
「なら――お上がり下さい。村崎殿もよろしければぜひ。露子は奥に居ります故、すぐに呼びます」
「じゃあ、邪魔するぞ」
俺は瀬川より先に沢田の家へ上がり込んだ。整理が行き届いたきれいな家だが少しきれいすぎる。女がいるとこうも違うのか?
沢田が街に住んでいた頃にも何かで彼の家に上がった事があるがその時はもっと散らかっていた。
「掛け軸はなくしたのか」
ふと俺は思い出す。
「え?」
「掛け軸。立派なのが家にあっただろ。お前さんの舞台の――確か唯我独尊か何かが書いてあった」
「あぁ。ありますよ。ただ役者はもう辞めましたから外していただけで。ご覧になりますか?」
「あぁ、よければ」
沢田は快諾した。