キミが刀を紅くした
通された部屋で少し待っていると西崎露子が――沢田露子が茶を四つ持って現れた。その後から掛け軸を持った沢田操が歩く。
唯我独尊。まさに大和屋が胸を張って叫びそうな言葉が達筆に描かれた立派な掛け軸は、沢田操の手からちゃぶ台に置かれた。
「それで、お話とは?」
沢田露子は茶を置いて言った。
「西崎龍之介の件についてだ。彼が一昨日、紅椿に殺されたのは知ってるだろうから省くが――」
「なぜ省くんです」
「世間があれだけ騒いでいるんだぞ。それに――アンタは妻だろ」
「私は」
「一応連れ合いを疑うのは基本だからな。だがだからと言ってどうこうしようと言う気はない。正直に話さえしてくれたら、だがな」
沢田露子は少しの間だけ黙り込んで何かを考えていた。俺は瀬川を一度だけ見て茶を流し込んだ。西崎龍之介を殺したのは多分、いや十中八九大和屋の仕業だろう。
瀬川は誰も殺していない。殺せと言われていた西崎露子だって逃がした。この先どうするつもりだろう。このまま殺さないのか?
いやいや、それより。
「私は――確かに西崎の妻です。でも一昨日の夜は島原で働いておりました。それからは沢田さんと一緒に居りました。それは大和屋さんが証明してくれるはずです」
それよりもこの掛け軸。改めて見ると達筆と言うより癖字だな。まあ味が出て嫌いじゃないが。
「そうか。分かった」
「それだけで良いんですか?」
「あぁ。構わない。それよりも沢田――操さん。これは何処で?」
俺は掛け軸を手にした。
にっこりと優しい笑みを浮かべた沢田は思い出を語るように話し出した。これは死んだ西崎龍之介から舞台終わりに貰ったのだと。
「よろしければ差し上げますよ。俺はもう劇者じゃないですし、それに――彼は恋敵でしたからね」
「いや、借りられればそれで」
「構いません、どうぞ」
俺は掛け軸を手にしたまま軽く礼を言って立ち上がった。