リメンバー
あのデブ、私に恥をかかせて何が楽しいのよ。

第一、アンタが私の『上司』じゃないか、私が仕事がいつまでたっても出来ない、いや出来ても評価されないのはあの女が私を評価しない、教育を受けさせてくれないのが原因じゃないか。

悪いのは。

私じゃない、あの女だ。

私は一生懸命仕事しているし、あいつより美人だから男性社員も、本当はあの女より私を庇護したいに違いない。

だって、まだ28だもの、永山のやつはもう38で独身でデブで口煩くて、独身の負け犬な癖に私が若いからヤキモチをぶつけてくるんだわ。

きっとそうだ、私が若くてある程度外見がいいから、自分をチヤホヤされないフラストレーションを私にぶつけて楽しんでいるのよ、仕事という皮を被ったイジメだわ。

加奈枝はぶつぶつと呟きながら、窓に寄り掛かり舌打ちをした。

もし、あそこに彩弓がいれば私はきっとこんな悶々とした気分で帰る事が無いかもしれない、彼女はふと高校時代に自分が全ての捌け口にしていた酒井彩弓の顔を思い出していた。

重そうな黒髪を伸ばし、両の殆どが前髪で隠れていて、常に酸っぱい体臭と粘っこい汗を周りに撒き散らしていた。口数も少なく、外見を気にする年頃にあって、陰気で自分達よりも一回り肥えた身体とブツブツに隆起した頬、厚ぼったい唇や不恰好に丸く大きな鼻と、同じ様に丸く大きな鼻の穴から漏れる鼻息が気持ち悪くて、誰もが遠巻きにしていたんだ。

そうだ、永山もあの女と同じく太っていて、床が抜けそうな足音をたてて走っているじゃないか。

目を閉じた加奈枝はいつしか永山を酒井彩弓に置き換えて、背中を突飛ばし、頭を踏みつける想像を始めていた。

ああ、胸がスカッとする。
あんな醜い化け物が、私を教育する事が間違ってるんだ、あんなやつを自分の上司にした会社も気配りが足りないんだ、私は少しも悪くない、いや寧ろ可哀想な派遣の女の子。

やめて、やめて、と頭の中で蛙の様に両手、両足を開いた格好で倒れ、パンストを伝線させた永山を加奈枝は右手に握った傘でつつき、打ちのめした。
< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop