リメンバー
うっ、うっという呻き声とも泣き声ともつかぬ声を漏らし、永山が床に伏せたまま痛みに耐えている。

みっともない女、太って自分の身体さえ起こすことが出来ないんだから。

加奈枝の想像は加速し、倒れた永山に消火器を浴びせ、白豚、不細工な白豚よあんたはと罵声を投げ、自分を指差していた憎らしい手を何度も、何度もヒールの踵で踏みつけ、爪を割らせた。

諦めてしまったのか、想像の中で暴力を受けていた永山は、伏せたままピクピクと身体を痙攣させるだけで、抵抗もしない。

白豚はブヒブヒ鳴いて、檻ん中で餌食べてりゃいいのよ、人間に物言いするなんて、生意気なやつ。

アハハハハ、アハハハハと頭の中で加奈枝は消火器のボトルを持ち上げ、永山に向かい振り落とそうとした瞬間だった。

キキーッ、とバスが急ブレーキをかけて彼女は前のめりになり、我にかえった。
そして、立っていた乗客が彼女に覆い被さる様に倒れてくる。

学生らしい、セーラー服を着て汗をかいていた。

『すいません…』

か細く、陰気くさい声に加奈枝は苛立ちが爆発した。
『痛ったいわね!』

すいません、と再び謝ると少女はゆっくりと両手で前髪を整え、彼女へ濁った眼差しを向けた。

そして。

『あたしは、もっと痛かったんだよ、加奈枝。』

と、粘っこい声で囁いた。
歯の根が合わず、ガチガチと鳴らす加奈枝の前には、
彩弓が立っていた。

彼女の意識はそこで途切れ、気が付くと終点に辿り着いたバスにひとり座っており、運転手に起こされて目を覚ましたのだ。

指には、彩弓のものに似た髪の毛が絡まっていた。

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