リメンバー
キッチンには、結婚式で撮影した二人の笑顔が輝いていた。

あの瞬間、恵美子は周りで祝福する同級生に勝った、と心の底からそう感じていた。

30を迎えて、結婚出来ない女は負け犬だ、そんな某コラムニストが放った言葉を鵜呑みにしていた恵美子たちは、躍起になって相手を探し、出し抜こうと必死に動いていたのだ。

勝ちたい、勝ちたい、勝ちたいという感情だけが当時の恵美子を支配し、そして勇次を捕らえた。

もう負け犬と呼ばれたり、哀れみの眼差しで周りから声を掛けられる事もない。
なにより、勇次は恵美子の言いなりで、恵美子にとって従順な『財布』に過ぎなかったから。

蓋を開ける前は、ずっと続くと安心していた生活も、不況で都心の高層マンションから勇次の勤める会社の社宅へと、引っ越しせざるを得なかったのだ。

もし引っ越したら、離婚してやると怒鳴っても勇次はただごめんと恵美子に向かい謝るだけで、何も改善は見付からず、ソファーでどっかりと腰掛ける彼女を横目に、引っ越し業者たちはせっせと勇次の指示を受けながら梱包を進めていったのだ。

ああ、壊れる。

壊れる、壊れる、壊れる、負け犬じゃなかった自分の生活が、まるでドラマみたいだった素晴らしい生活が壊れていく。

仕事なんかしたくないし、でも生活レベルを落としたくない恵美子にとって社宅は、退屈しのぎに周りを観察するぐらいしか趣味がないオバサンたちの溜まり場だった。

地獄だ、と恵美子は頭を抱えた。

勇次のせいで、勇次みたいな男が、あんなつまらないさえない男が私を地獄に突き落としたんだ。

沸々と怒りが沸いた恵美子の耳に、インターホンの音が響いた。

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