Sin(私と彼の罪)
「見ちゃったのよ」
彼女の言葉は主語がなく、一瞬意味がわからなかった。
日本語をちゃんと話せ、と言おうとして留まる。
そして気を取り直して問いかける。
「何を?」
志乃は顔を上げた。
彼女の薄茶の瞳は、まっすぐに俺を見据えた。
「店、の地下室…知ってる?」
「…?いや?」
おもむろに体を離し、志乃は説明を始めた。
言葉はたどたどしくもあるが、俺は注意深く耳を傾ける。
「ヨコイさんが、カウンター席に座って私と話しているときに…紙を渡してきたの」
「紙?」
「うん。そこに、自分が店を出たら私も裏口から店を出ろって」
なんだと。
ヨコイが、なぜ志乃を…?
奴にとって志乃はただの「お気に入り」の店員のはずだ。
個人的に彼女に関わってどうするつもりなんだ?
俺は彼女にもわかるくらいに妙な顔をしたのだろう。
志乃が心配そうに俺を見ていた。
「ほら、ヨコイさんは裏の社会でも顔がきく人でしょ?
だから逆らってもだめだと思って、行ったの」
「お前…!それをわかってんなら、行っても危ないだろうが!!」
カッとなった俺は声を荒げる。
志乃はヨコイの恐ろしさをわかっていない。
俺が近くにいながら、アイツと店の外で会わせるなんて。
苛立ちを露わにした俺をなだめて志乃は話を続ける。
「ヨコイさんとは元々親しかったから、危害を加えられるとは考えなかったんだって」
「だからって…」
「それにグリモワールの従業員に害を与えたら、いくらヨコイさんでも…制裁が下るよ」
「そんなことわからないだろ」
「グリモワールは、そういう店だよ」
話がずれたね、と言って志乃は小さく笑う。
なんだか儚いそんな笑い方を見て、果たして彼女が弱る原因がヨコイだけなのか疑問に思った。
なんだか疲労が顔に出ている。