たとえ世界を敵に回しても◇第一部◆
(なんのつもりだ?)
ここ一帯は、お世辞にも治安がいいとはとても言えない。
夜に活動するものは、必ず闇に紛れる。
まかり間違っても、敢えて目立つような白色の着物など、誰も着ない。
だけどたとえ相手が誰であろうと、今の自分には関係のないことだった。
生きるためには手段を選ばない。たとえ、相手の口封じをしてでも。
引き抜いた懐剣を素早く相手の首元へ持っていきながら、低い声でささやく。
「騒ぐな」
本当は手で相手の口元を塞ぎたかったけれど、なかなか長身な男だったため不可能だった。
いや、女か?
まだ幼さが残る中性的な顔(カンバセ)に載せた一重の瞳を、相手は驚いたように見開いた後、この状況がさも面白いとでも言うように、にっこりと微笑んでみせた。
その態度に、半場唖然となる。
刀を押しあてられ、命の危機だというのに、笑う人間がいるのか?
もしくは、わたしが人など殺すことができないと、馬鹿にしている?
沸々と怒りが湧き上がってきたが、今はそれどころじゃない。
息を殺して、足音が通り過ぎるのを待つ。
相も変わらず相手はニコニコと笑っているが、騒がれる心配はなさそうなので、懐剣は首元で留めたままにしておく。
二、三の足音が小道から聞こえなくなるまで離れてから、やっと安堵の息を吐きだした。
そのままずるずると崩れ落ちる。
緊張の糸から解放された体は、思うように力が入らなかった。
懐剣を相手の首から離し、すまなかった、と一言詫びる。
自分の身を危険から守るために、他人を巻き添えにしようなど、どうかしている。
危機が去って、落ち着いた所以に出来るその考えに、愕然とした思いがした。
相手はニコニコといいえ、と言うと、楽しそうに地面に座り込んでわたしの顔を覗き込んでくる。