たとえ世界を敵に回しても◇第一部◆
「鬼ごっこはもう終わりですか?」
その問いかけに、しばしポカンと呆ける。
自分は鬼ごっこをしていたのであろうか。
いや、ない。
そんな状況ではないことは、刀を押しつけられて脅迫されたこの人も、重々わかっているはずなのに。
ぐらり、と視野が揺れる。
あわてて地面に手をつこうとするが、まるで宙に浮いているようなふらふらとした感覚に、自分がどこにいるのかもわからなくなる。
「大丈夫ですか?」
ふわり、と人肌に包まれながら聞いた声に、ああ、と返事をするが、それが相手に聞こえたのかも定かではない。
この身を包む相手の着物から、春の暖かなお日様の香りがした。
ここ一週間、ろくに食事も睡眠も採ってなかった。
緊張の糸が一気に切れたことにより、今までの疲れが波のように押し寄せてきたのだ。
もう少し。
せめて、安全な寝床が確保できるまで。
こんなところで気を失っていたら、せっかく逃げてきたのに元も子もないではないか。
なんとか気力で起き上がろうとするが、嘘のように力が入らない。
そもそもこの人も、身元不明の不審人物なのだ。敵か味方か、わからない。
早く逃げなくてはいけないのに、気だけが逸るばかりでまったく足が動かなかった。
「あ、寝るんですか?」
そんななんとも見当はずれな声を聞きながら、深い谷底に落ちるようにいつの間にか意識を失っていた。