月の恋人
地下へと続く階段は、狭かった。
あたしは
事情がよく飲み込めないまま
冷たくて重い扉の中へ通された。
明るい所から急に暗い所へ入ったせいか、目が慣れなくて中はよく分からなかったけれど
一歩中に入ると
そこは、なんだか、懐かしい匂いがした。
「…なんじゃ、また女を連れ込みおったのか。手癖が悪いのう。」
静かに響いたその声は
ザラザラの、皺枯れた声。
それは間違いなく、老人のものだった。
――…老人??
声のした方を見ると、確かに
ほのかなオレンジ色の光が、おじいさんを照らし出していた。
豊かな髭を蓄えた
ちょっと癖のありそうな
…おじいさん。
「じーさん、人聞き悪いなー……ったく、俺は、あいつとは違うっつーの!」
「ふはははは!その坊、また奥でやり合っておるようだぞ。」
「ああ!?またかよ……付き合いきれねぇな…」
「ふ………まぁ、理想が高いのだろ。妥協することを知らんのも、また若さだな。」
―――……
そこに自分の入る余地が全くないのと
あまりにも非日常の景色が広がっているせいで
あたしは
老人と男のやり取りを聞きながら、なんだか映画でも観ている気分だった。