月の恋人
―――…行かないで
その
あたしの訴えは形を成さず
翔くんは出てってしまった。
私の頭に、ポンと手を置いて「ごめんね」と言いながら。
扉の閉まる音の後に
再び訪れる静寂。
――…“鹿島さん”、だっけ…
ストレートの黒髪が印象的な、大人っぽい美人だった。
高校生くらいかな…?
あんな彼女がいたんじゃ
あたしなんか
翔くんの目に
どれだけ子供っぽく写ってたんだろう。
―――――…敵わない。
そんな風に思ってしまう自分が、悲しかった。
―――――…怖い。
次々に見えてきた
翔くんのプライベートが。
この先、明らかにされる事実に、あたしは耐えられるの?
泣いて嫌がっていた彼女を追い掛けるくらい、彼女の事が好きなの?
あんなに必死な翔くんの顔は、初めて見たよ。
―――…もう、いいよ。
あたしは、なんて
意気地が無いんだろう。
ここに来るまでは、翔くんの事、もっと知りたいって思ってたのに
いざ、現実のかけらを前にしたら
足が、竦んでしまった。