月の恋人




――…あれは、いつのことだっけ



細かいことは
もう、忘れてしまったけれど

いまと同じ光景を、見た事がある。



――…



『お…おいっ!…おまえら!陽菜をイジメるな!!』


いつも、あたしの髪を引っ張ったり足を引っ掛けて転ばせたりしていた、近所のガキ大将に

涼が初めて向かって行って、逆にヤラれてしまった日だ。





そうだ。

あの時も
地面に突っ伏した涼は
こんな風に呼吸を荒くしていて

あたしは
公園の繁みに隠れて、震えながら、泣いていたんだ。



……どうして?


あたし…涼に
助けて、なんて一度も言った事ないのに。


こないだ
洗面所で倒れた時も。


涼はいつも、
ピンチの時に現れて…助けてくれる。




――…まるで
お姫様を護る騎士(ナイト)のように。






――――…





「………泣くなよ…」



涼の指が頬に触れて

初めて、自分が涙を流しているのを知った。




後から後から溢れてくる
感情の結露



そのまま
涼は、指先に頬の輪郭を辿らせて



「…ったく…泣き虫、陽菜。」



おかしそうに言って

愛おしむように、
あたしの唇を

柔らかく…撫でた。





【ナイト】終










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