月の恋人
「歌って。」
「う、うたって??」
「何がいいかなぁ、中学生でしょ? うーん… カントリーロード? マイウェイ? 野ばら? あはっ、滝廉太郎でもいいよ?」
「タケルさん!」
「――… 名前、覚えてくれたんだ。」
そう言って、左腕を掴まれた。
ピアノの前に座ったタケルさんとの距離が、近くなる。
肌に触れたのは、びっくりするほど、冷たくて神経質そうな指だった。
「あの……」
「…… いいにおい。 風呂、気持ちよかった?」
「はい。とても。ありがとうございました。」
「じゃあ、風呂代として、一曲歌ってよ。ショパンが分かるなら、ピアノやってたんでしょ?ソルフェージュも。陽菜ちゃんの歌、聴きたいな。」
「……………っ」
なんで、この人はこんなに強引なんだろう。なんでも見透かされてる気がする。
――― 敵わないや
半ば可笑しくなってきたあたしは、
「じゃぁ、…… マイウェイ、を。」
大好きな歌を、リクエストした―――…