月の恋人
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「おっと。なんだなんだ、仲良くお手て繋いでご出勤?やってらんねーな、ったく…」
「タケルさん!と――…えっと…」
繁華街の裏路地に差し掛かったとき、後ろから声を掛けられた。
もちろん、タケルさんと、―…モジャモジャ頭の……
「ジョージです。改めまして、よろしくね、ミューズ。」
「…………みゅーず?」
聞き慣れない言葉にキョトンとするあたしに、タケルさんが笑いながら説明してくれた。
「“芸術の女神”だよ、陽菜ちゃん。芸術家にとって、“創作意欲を掻き立てるマドンナ”って、とこかな。」
―――…女神? マドンナ?
「あ、あああああたし、そんなんじゃ、ありませんっ!」
「ぶっ…… いいねぇ、この新鮮な反応。翔のイトコとは思えないな。」
―――… ジョージさんが、こんなに気さくな人だなんて、思わなかった。
「――… ご老体を怒らせると怖いし、さっさと行くか。」
「ハイハイ。」
目の前には【Apollo】と書かれた看板があった。
そう、そこはあたしが数日前に、脇目も振らずに飛び出した、あの地下に広がる不思議に懐かしい空間だった。