月の恋人
◆
「おぉ、来たの。待っとったよ。……陽菜ちゃん、だったかの。」
「おじいさん……」
重い鉄の扉
深く染み込んだ珈琲の匂い
飴色の光。
ああ、やっぱり。
ここはなんだか、すごく落ち着く場所だ。
「あの…先日は失礼しました。お礼も言わずに……」
「ええ、ええ。こうしてまた来てくれた、それでえぇんじゃよ。」
そう言って微笑んだおじいさんの目尻に、深い皺が幾重にも刻まれる。
くしゃり、と笑ったその温かい笑顔に、なんだかとても安心した。
「―… ほいで、なんじゃ。今日はお姫様の腕試し、か?」
「――…じーさん、今日はやけにおしゃべりじゃんか。」
タケルさんが、からかうようにおじいさんに言う。
「……スタジオ、貸してやっとるんじゃ。ちょっとくらい、じじいにもサービスせんか。」
――…スタジオを“貸してやってる”?
「あの、ここが……スタジオなんですか?」
「陽菜ちゃん。」
「翔くん――…スタジオって、ここなの?」
――――――…
「――… ここは、ワシの終(つい)の棲み家じゃよ、お嬢さん。夜な夜な、趣味人の集まる場所じゃ。」