月の恋人


タケルさんが、ニヤッと笑ってあたしの方へ来る。


「あーーーっ!もう、可愛いなぁ、陽菜ちゃんは。」


そう言って、その大きな体にガバッと抱きかかえられてしまった。





「ちょっ… た、タケルさんっ…」

「タケルっ…!はなせっ!」


背中で聞こえる、慌てたような翔くんの声。





「――… 鹿島さんは、別のバンドのボーカルなの。ただ、俺たちの曲にどーしても女性コーラスが欲しくて。翔がライブで鹿島さんの歌を聴いて、惚れ込んで、頭下げて来てもらったんだよなー。」


「ククッ。そうそう。それなのにコイツ、来てもらっといてさー、“やっぱ違う”、“そうじゃない”って、―…何度、ここで録り直したんだろうな。」

そう、ジョージさんの声が続いた。



「ほんとだよなー、しかも、それ鹿島さんだけじゃないんだぜ。一体、お前ここで何人泣かせたんだ?…っとに、完璧主義というか何というか… 俺はもう半分諦めてたけど。翔の思う通りの声なんて、現実に存在しないって。 声帯なんて一人一人違うし、実際合わせてみないと本当のハーモニーなんてわかんないし。…でも―――…」




タケルさんが
腕の中のあたしを見た。



「――…俺は、あの日、一声聞いて、ピン、と来たよ。陽菜ちゃんが翔のイトコなんて知らなかったけど、外見も、声も、俺の――… 俺たちの音に、ピッタリだと思った。だから、捕獲したんだ。」


「タケルさん…」


「ま、願わくば、“俺の”ためだけに歌って欲しかったけど。」







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