月の恋人
――…聞いたことが、ある。
ママが、大学卒業後、
本当は、イタリアへオペラ留学をするつもりだったこと。
だけど、その矢先に、あたしがお腹に宿っていることが分かって
その夢を、諦めたこと。
きっと、ママの中で
その夢は、まだ、続いてるんだ。
だから、眩しいような目で
舞台を見つめているんだね。
「―…もうすぐ…始まるわね。」
沢山の言葉の代わりに
緩やかに息を吐きながら
あたしの頭を軽く撫でて、ママが言う。
会場の壁に赤く光る時刻は
10:58と表示されていた。
開演まで、あと2分。
おじちゃん、おばちゃん―… 涼…
すぐ後ろにある扉を見つめながら、
あたしは、ただ祈った。