あやめ
ソフトクリームを食べながら、公園の中を散歩した。
背の高い隆を、こっそりと何度も見上げた。
その度、小さな胸はときめいた。
初めて知る、恋だった。
それ以来、徐々に話せるようになって、酒屋の手伝いもできるようになって。
まだ小学生のガキだったけど、隆くんのことが好きだった。
でも―――死んだ。
バイク事故だった」
あやめの声が、少し震えた。
あやめは小さく鼻をすすった。
「悲しくて、悲しくて…衝動的に首を吊ったんだ」
あやめがそっと首に手をやって、その跡をなぞる。
「すぐにおばさんに見つけられて、顔、思いっきり叩かれて、そのあと力いっぱい抱きしめられた。
『二人も子供を失うなんて耐えられない。あやめは生きててくれ』って。
だからあたしは生きてる…」
あやめの言葉が途切れて、大きな目に再び涙が浮かんで、ゆらゆら揺れた。
「でも、忘れることなんて、できねぇんだよっ…」
苦しそうに顔を歪めて、きゅっと目をつむった拍子に、涙がポタポタと落ちた。
「その苦しさを暴力に変えてくしか、やり場がないんだよぉ…」
あやめは膝に顔をうずめて、泣いた。
きっと今までずっと、泣くのを我慢していたんだとわかった。
もう、僕の知る、強がって攻撃的なあやめはどこにもいなかった。
きっと、そうすることでしか、自分を保てなかったんだ。
僕はいたたまれなくなって、あやめの肩を抱いて引き寄た。
(泣いていいんだ…。思いっきり泣いてくれ…)
そう言う代わりに、僕はあやめの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ふいに、あやめが顔を上げた。
「巧も辛いんでしょ…?」
「え―――?」
泣き顔のあやめが、僕の頬に触れる。
(あ…)
あやめの指に触れて、初めて知った―――僕は、泣いていた。
「"リコ"って子?」
僕は手の甲で涙を拭いて、コクンと頷いた。
「恋人?」
あやめが遠慮がちに問う。
「恋人、ではなかった。でも…好きだった」
僕達は、お互いに想い合っているのを知りながら、はっきりと約束したわけではなかった。
いずれ時がくればそうなるだろうと、僕は状況に甘えていたんだ。
「今は…?」
「…死んだ」
僕はあやめに莉子のことを話した。
誰にも話したことのない、僕の想い、後悔、苦しみ。
誰にも見せられなかった、僕の弱さ。
あやめには、話すことができた。
いや、あやめに聞いてほしかったんだと思う。
きっと理解してくれるのは、あやめしかいない気がしていたから。
「僕は気付いていたのに。
莉子が僕のせいでいじめられているって。
それなのに、気付かないふりをして、そのうちおさまるんじゃないかって思って…。
でもまさかこんなことになるなんて思わないじゃないか…」
涙の混ざった声が、喉の奥で震えた。
「だって莉子は笑ってたんだ。
とても悲しい笑顔だったけど、でも笑ってたんだ!
し…死ぬ…なんて…思うはずないじゃないか…!!」
僕は、振り絞るように吐き出した。
今度は、あやめが抱きしめてくれる番だった。
その時僕は、莉子が死んでから初めて、思い切り泣いた。
僕より小さなあやめの腕の中で、僕は小さな子供のように、嗚咽をもらし、しゃくり上げて、涙を流し続けた。
後悔と罪悪感に苦しめられた日々の分だけ、僕は泣いた。
「巧は悪くないよ」
莉子の声が聞こえた気がした。
「だからもう、苦しまないで」
莉子の笑顔を見た気がした。
それは、僕が一番好きだった、無邪気な笑顔だった。
「莉子……!!」
莉子が、僕を許してくれた気がした。