あやめ
会計を済ませ、彼女はごく事務的に言った。
「ありがとうございました」
けれどその後、カウンターを回ってこちらにやってきて、酒の入った二つの袋のうち、一つを彼女が持った。
「自転車まで運ぶ」
巧はそんな彼女を、物珍しげに見る。
“店員”として彼女は、気は強いけれど、いつもみたいにめちゃくちゃな人間ではなかった。
むしろ、すごくちゃんとした人間で、大人びていると思った。
「…ありがとう」
巧は素直にお礼を言う。
カゴに荷物を積み終えて自転車にまたがった時、店内から電話のベルが鳴った。
「あやめちゃーん。電話出てくれるー?ちょっと手が離せないのー」
店の奥から、さっきの女性の声がする。
「はーい」
彼女はそう言って、店の奥へと駆けて行った。
(“あやめ”っていうのか…)
巧は彼女の後ろ姿を見送ってから、自転車をこぎ始めた。