心の羽根
二人は駅のホームにいた。別れの時が来た。彼の家族も気を使って迎えに来なかった。みんな知ってるのか…。ホームに立つと、数日前帰ってきた時と同じ様に蝉の声が大きく聞こえた。
まだ電車が来るまで十分ほどの時間があった。
彼の心境は限界に近かった。もしかしたら最後になるかもしれない大好きな彼女と、何も知らないふりをして別れなければいけないのか…。
彼女がふと思い立ったように言った。
「あ、そうだ。私と別れてください」
「…は?」
彼は目を見開いて彼女を見る。
「何言ってるの…?」
彼女は笑顔で続けた。
「私と別れてください。なぁんか私、遠距離とか自信無くなっちゃったんだよね。だからさ、そういうことで!」
彼は視線を落とす。彼女の顔は笑っていたが、手は震えるほどキツく握りしめられていた。
「何言ってんだ!」
彼は急に大声を上げる。他にホームに客はいなかった。
「ふざけんな!何でお前ばっか無理するんだ!オレは全部知ってるんだぞ! お前の余命のこと! 全部知ってたんだぜ!」
今まで我慢して溜めてた分の涙が溢れ出す。みるみる内に視界は滲んで彼女がぼやけた。
「バカ!オレはお前が大好きなんだよ!なのに黙ってられるか! なんでオレに言わないんだよ! 一人で抱え込むんじゃねえよ!」
彼は涙を拭うと彼女を見た。
彼女はうっすら涙を浮かべ、ただ顔は微笑んでいる様に見えた。
「ごめんね。私、ホントのこと言おうかメチャクチャ悩んだ。でもやっぱり悲しませたくないし、もしかしたら会えるのも最後になるかもしれないから言わないことにした。それで最後の最後に別れちゃえばあなたが悲しむことはないかな…なんて」
彼は涙を流し続ける。
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