月の輪

会うまで…

「千歳様、正気ですかな!」

翌日、私は行動にでた。案の定このような反応が返ってきた。
「当然だ。蜜柑はこの家の宝だ。失う訳にはいかない。あの子は、特別な子供だ。皆、知っているだろう?」
「しかし、生贄は本家の者でなければなりませぬ。」
「私が生贄になれば済む話だ。」
ザワザワと沸き立つ。そのうちの一際目立つ出で立ちの老女が一喝する。すると、しん…と静まり返る。
「貴方は昔からそう。妹君を護るためには何事も厭わない。己すら犠牲にする。」
「大姥様…。」
「気持ちはわかりますよ。たった一人の肉親だものね。」
「父も母も兄も、亡くなりましたから。」
そう、まるでそうなっていく運命であったように。
「兄は、元々躯が弱く病に倒れた。父は、蜜柑が生まれる一月前に山で足を滑らせてそのまま。母は、蜜柑を産んで力尽きた。」
口に出せばなんとありふれた事なのだろうか。しかし、だからこそ、蜜柑まで死神にやるわけにはいかない。母の死に際、蜜柑を護ることを自身に誓った。
「私の心は変わらない。当主は蜜柑に空け渡そう。」
「千歳。私は貴方の母君から貴方を護るよう仰せつかっています。そう簡単に、はいそうですかとは言えません。」
「親愛なる大姥様。私は、幼少の頃から貴方様に育てて頂いたようなもの。だから、貴方様の痛みも少しはわかっているつもりです。」
どうか、判って下さい。
「貴方に命を与えます。」
「千歳!」
「蜜柑を護って下さい。」



「宜しかったのですか?」
「やめろ。もう、当主ではない。ただの御影千歳だ。」
傍らの青年に言う。どうしても、命令口調になってしまう。
「私とお前の仲だろう?」
「…千歳。仲って言っても幼なじみだけど。」
懐かしい。久々にこいつとこうして話すような気がする。
「清太郎。」
「わかってる。大丈夫、蜜柑ちゃんに仕えさせてもらえるから。」
「すまないな。迷惑ばかりかけて。蜜柑を頼む。」
「うん。」
あと、3日。明日から身を清め、捧げるための躯を創りはじめる。恐れはない。心残りはあるが、できるかぎりのことはした。後は…。
「待つだけ。」
心を読まれたようでドキリとした。
「そんな感じに見える。」
動揺を抑えつつ、平静を装って応じる。
「当たり前だ。他には何もない。」
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