月の輪
「怖いなら、怖いって言わないとわからないよ。チー?」
突き刺さってくる言葉に鋭い痛みに近いモノを錯覚する。沈ませたはずの心が浮かび上がってくる。これでは駄目だ。
「私は、本家の者として行くのだ。恥ずべきことは何もない。むしろ、誇らしい。」
「大丈夫だよ、他の人に言ったりしないから。」
「だから…。」
何か言い返そうと隣を向いた。その瞬間に、息を呑んだ。
「最後くらい、俺に弱みを見せてくれてもいいのに。」
清太郎がはっとするほど優しい瞳をしていた。いつの間に、こんな目をするようになったのだろうか。こいつはずっと私の側に居たのに。
「お前、恋人でもいるのか?」
ふと、口をついた。
「女は本当に怖い。信じられない程勘がいい。」
「そうか、よかったな。」
ホッとした。これで心残りが一つ減った。
「幸せになってくれよ。」
「もちろん!」
婚式に出られないのは残念だが、仕方あるまい。清太郎なら大丈夫だ、きっと幸せな家庭を築いていける。
「それが聞ければいい。満足だ。もう、寝る。」
「え?もう?」
「当たり前だ。明日は日の出にはここを出なければ。」
「わかった。見送りに行く。」
「いや、誰にも会ってはいけないんだ。だから、これで最後だ。」
清太郎がショックのあまりに口をパクパクしている。
「ありがとう。こんな私に長いこと付き従ってくれて。」
「千歳。死ぬな!儀式を放り出しても絶対に死なないでくれ。」
清太郎が泣きながら、半ば叫ぶように言った。
「ありがとう。蜜柑を宜しくお願いします。」
私の目にも涙が溜まってきた。瞬きをしただけで溢れてしまいそう。
「チー、行ってらっしゃい。必ず、帰ってくるんだぞ。」
「行ってきます。」
さようなら、清太郎、みんな。そして、蜜柑。
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