繭虫の眠りかた
少年から言われたとおり、
確かに胡蝶は苦労らしい苦労など一つも知らず、十六になるこの歳まで何不自由なく育った。


天下太平の徳川の世で、
公方様の膝元にも近いこの国の、代々続く城代家老の家に、正妻の娘として生まれた。

殿様の他に先法家という特別な御三家があるこの国でも、家格で言えばそれに並ぶ名家の令嬢。

望むものは全て与えられ、
彼女に勝るほどの恵まれた境遇の娘など、大名家の姫以外にはいないだろうという環境で生きてきた。

隣国の大名家への輿入れも決まり、
当然の如くに、女として得ることのできる栄華を極めた人生がこの先にも用意されていた。


病弱だった母を幼い頃に亡くし、その顔も知らずに育ったことが、唯一の不幸と言えば不幸だろう。

けれど周囲には常に乳母や女中たちがいて、胡蝶は母の不在を特に寂しいと感じたことも、己に女としての最高の道を与えてくれた父親の愛を疑ったこともなかった。


そうやってこの歳まで生きてきた。


屋敷の庭に造られた池の水面を、色づいた落ち葉が唐紅(からくれない)に染め始めた晩秋のこの日、

城代家老を務める父親に呼ばれた胡蝶は、
全く唐突に
屋敷の敷地の一番奥に建つ蔵の地下に、膳を運ぶようにと命じられた。

誰の食事ですかと尋ねても返答はなく、

何が何だかわからぬまま、奉公人に手渡された膳を見るとそれは胡蝶や兄たちが普段口にしているような豪華な料理で──


誰か──身分の高い人間の食事なのだということは胡蝶にも知れた。




──けれど、いったい誰の……?




蔵の地下などに、まさか自分たちと同じような身分の高い者がいるとも思えなかった。
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