戯れ人共の奇談書
「もし。失礼だが、貴殿はロイド・アヴァンシア殿であらせられるか」
ぼんやりと夕陽を眺めていたロイド達の前に、突然現れた侍。
被り笠に白雪の模様をあしらった長着を羽織り、黒光りする刀の鞘がチラリと見える。
出で立ちはノブナガと似ているものの、ノブナガの放つ凛と研ぎ澄まされた武人の気配とは異なり、この侍は言うなれば金木犀のように目立つも居場所を知らせぬような、影に溶け込む暗躍者。
目の前の落ち着き払った殺意を向ける侍に、ロイドは畏れとも不安ともとれぬ胸騒ぎを覚えた。
警戒態勢になるロイドにつられ、ミシティアも立ち上がる。
「あぁ……、あんたは誰だ」
「某(それがし)は醜き悪から弱者を守る世界政府カラスに属するミヅキと申す。かのフェンダリア国王女を誘拐した盗賊団が頭、シー・ユェランとその仲間を成敗に参った」
堅苦しく述べる侍。笠の下から覗く眼差しはやけに真っ直ぐな戦意が込められている。そしてどうやらこの侍は女性のようだ。
「悪党といえどこれは決闘だ。さぁ、お主も武器を取られよ」
居合いを構えるものの、刀を抜かぬ侍。
「悪悪ってさ、あんたらカラスの言う悪はなんだ?」
「決まっている。弱気者を砕き、罪亡き者を恐怖へ貶める醜き者だ」
憎悪にも似た語り口で侍は言う。しかし、それをロイドは呆れ顔で聞いていた。
「それが正義かよ、くだらねぇ。ティア、ナイフって作れるか?」
「あ、うん。簡単な作りで良ければ」
「すまん、耐久性だけを考えて二本作ってくれ」
平和な田舎の夕暮れ時に交差する二つの思想。
正義とは何か?
他を護る力のことか。
他を護る為の罪は正義なのだろうか。
悪とは何か?
正義に虐げられる者か。
本当に理由無き悪などあるのだろうか……。
紅に染まりし大樹に見守られる中、二対の正義が対立する。