水島くん、好きな人はいますか。
相手はお母さんなのに。顔だけ知ってる人なんかじゃなく、15年間一緒に暮らす家族なのに。
鍋に張った水がぶくぶくと熱湯に変わっていく。
パスタポットに手をかけると共に意を決し、お母さんに声をかける。
「パスタ茹でるけど、食べる?」
「いらない。気分じゃない」
「じゃあ、なに食べたい気分? ついでに作るよ」
「いらないって。あとで適当に食べる」
でも、というわたしの声は漏れていた。
ガンッと荒々しくテーブルに叩きつけられたグラスから、お酒が跳ねたのを見た。
「うるっさいな……! いらないって言ってんでしょ!? 気遣いたいんなら話しかけないでどっか行って!」
睨みつけてくる瞳の苛立ちに、背筋が震えた。
クッキングヒーターの過熱停止ボタンを押す前、自分の心臓まで止まってしまう気がして、怖くなった。
張り詰めた空気は棘を持っているみたいで、動くたびに皮膚が、呼吸をするたびにのどが、痛くなる。
床に置いていたバッグを拾い上げ、静かに、静かに、リビングを出た。
……また、間違っちゃった。
わたしがすべきことは、はきはき振る舞うことじゃなくて、放っておくことだったんだ。
お母さんを目には映しても、そこにいないものと思わなくちゃいけなかったんだ。
だけどそれって、わたしも、いないものだと思われてるってことなのかな。