水島くん、好きな人はいますか。
「いいわねえ。そんなに心配してくれる娘さんがいて」
ふふ、と上品な笑声が隣のベッドから届く。気さくそうな60代半ばのおばあさんが、にこにことこちらを見ていた。
「すいません。騒がしくしてしまって」
「いいのよ。子供が母親のために泣いているんだもの。こちらこそお話の邪魔してしまって、ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
お母さんは気まずそうにおばあさんから目を逸らすと、掴んでいたわたしの手も離した。
ちらりとおばあさんに目を遣り、微笑まれたことにどきりとする。
「お母さんのことが好きなのねえ」
「……え。えと、あの、……はい」
「ちょっと万代! やめてよ恥ずかしいなっ!」
「あらあら。お母さん若くてきれいでいらっしゃるけど、とても照れ屋なのね」
ころころと愉快そうに笑うおばあさんに、まさかお母さんが頬を染めるとは思わなかった。
「え……お母さんどこ行く、」
「いいから。鞄持って来なさい」
バッグを持ってベッドから足を出したお母さんは、おばあさんに軽く会釈して病室を出ていこうとする。
点滴しながら歩いても大丈夫なのかな……貧血で倒れたりとか、倒れたりとか……。
「ふふっ。そんな不安そうにしなくても大丈夫よ。きっと待合ホールに行くんじゃないかしら。おせっかいなババでごめんなさいね」
大きくかぶりを振ってから、病室を飛び出す。