水島くん、好きな人はいますか。


「だからアンタも。我慢したり遠慮することないからね」


頷くと、お母さんは微笑んでわたしを抱き寄せ、頭を撫でてくれた。


昔から変わらない香水の匂いが、ずっと小さいころを思い起こさせる。お父さんが出て行ってからしばらく、よくこうしてもらうことが多かった気がする。


そのときはただ、ぎゅってされるのが嬉しくて。頭を撫でてもらえるのが、幸せだった。


「あたしは万代が元気でいれば、充分だから」


うん。わたしも、お母さんが元気でいてくれればいい。


それと、わたしが今もお母さんの支えになれていたら、すごく嬉しく思うよ。



「――さて。もう遅いし、いい加減帰りな」

「お母さん、明日は仕事休むんだよね?」

「ああ、上司命令だからね。1日中家にいるかな」

「……明日だけ、わたしも学校休んでいい?」

「は? アンタ無遅刻で欠席もこの前の風邪だけでしょ。選抜って内申も考慮されるって――」


眉間にしわを寄せていたお母さんはなにか言いかけ、小さく息を吐いた。


「好きにすれば」


あれ……もしかして、届いた?


明日はお母さんと一緒にいたい、って。


お母さんは居心地が悪そうに顔をしかめていたけれど、少し照れくさそうにしていた。と、思う。


えへへ、と笑えば「なによ。気持ち悪い」なんて言われてしまった。


気のせいじゃないと、いいな。
< 146 / 391 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop