水島くん、好きな人はいますか。

「高等部には、2棟の屋上にプールがあるんだよ」


知らなければ絶対に喜ぶと思った。けれど水島くんは階段の踊り場で「そのことなんじゃけど」と立ち止まる。


「……なに?」


水島くんがポケットから出した手のひらに、真新しい銀色の鍵。


まさか……いや、だって、まだ入学して間もないのに。


「屋上の合鍵」

「しまってください……!!」


とっさに水島くんの手を両手で包み、周囲を確認する。


「なにしてるんですか! ほんと、なにやらかしちゃってるんですかっ!?」

「ははははっ!」

「笑い事じゃないですよ!」

「なーん! 大丈夫だいじょーぶっ。バレなきゃいい話だけん」


いつかも聞いた言葉に目眩がする。


屋外プールが使われることは体育の授業くらいで、水泳部は中等部や大学の室内プールを使わせてもらうことになっている。


きっとそういうことも調べたに違いない。中等部ではバレなかったとはいえ、まさか高等部に来てもやるとは。


「わ、わたしはなにも見てませんから……」


そっと手を離して目を逸らす。


「これ? この鍵のことかや?」

「~っ水島くん!」


親指と人差し指でつまんだ鍵をわたしの顔の前で揺らした水島くんは、声高に笑う。


絶対にわざとでしょ! もっと危機感を持ってほしい!


というのに、水島くんは鼻先に鍵をかざす。


ああ、もう……。
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