水島くん、好きな人はいますか。
特別な意味もなく、もしかしたらお礼を言うためだけに、水島くんがここまでついてきたのだとしたら。
「弱ったなあ……」
俯いた顔を両手に持つ入部届けで隠す。
水島くんは人との距離が近すぎる。
仲良くしたくないわけじゃない。でもあまりに近付いてこられると、逃げ出したくなる。わたしの意識など無視して反応してしまう部分があるから、余計に。
熱を帯びて赤くなった顔なんて、絶対に見せられない。
「はあ……」
はたから見れば怪しさ満点な状態でいるわけにもいかず、顔を上げる。びくりと体を揺らしたのは、周りに誰もいないことを確認したせいだった。
しなきゃ、よかった。
水島くんが帰って行った方向とは反対側に、こちらを見ているシノザキくんがいた。そしてふっと携帯を持った手を上げたかと思えば、左右に振った。
……わたし?に向けてる、よね?
他に手を振り返すような人は周辺にいない。
もう一度シノザキくんを見ると彼は微笑み、去っていく。
なに? どうしたの? 今まで顔を合わせてもとくに反応はなかったのに……怖すぎる。
携帯を振られた意味に薄々感づいてしまい、水泳部の顧問に入部届けを出してから足早に帰宅した。