水島くん、好きな人はいますか。

おもむろに顔を上げた水島くんの黒い双眸が不安げに揺れているから、もう一度、謝る。


「ごめんなさい、水島くん」

「……びっくりした」

「うん。ごめんね」

「……高いところ苦手そうなんに」

「あは。苦手じゃないよ。水島くんみたいに、飛び降りるのは無理だけどね」


口元に弧を描けば水島くんは目を丸くさせ、やがて無邪気さとは縁遠い、安定した和やかな笑みをたたえた。


水島くんはわたしの腕を放し、軽々とフェンスを越えてくる。


「……わたしが謝った意味」

「だって万代ばっか、ずるいじゃろ」


なにもずるくないと思う。


水島くんは危機感なんて一切持たず、まるで椅子に座るみたいに屋上のへりから膝下を出した。


さ、さすがにそれはできないな……。木登り名人の水島くんからしたら、そんなに高くないのかもしれないけどさ。


幅50センチほどの場所にぺたんと膝を崩し、念のためフェンスを掴んでおく。


「そういえばどうして3棟? 鍵、間違えて作ったの?」

「そう。間違っちょったけん。……惜しいなー。そこにプールがあるんに」

「……高さが1階分しかないからって、飛び降りちゃだめですからね」

「やっぱ無理かや」

「絶対だめだよ!? プールそんなに深くないんだからっ」


ちぇー、と不満げに口をすぼめる水島くんに、渡しそびれていたプリントを差し出す。


「医者になりたい人が、自分から怪我するようなことをしちゃだめですよ」
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