水島くん、好きな人はいますか。
・繊手
家を出て共用廊下で待っているとき、たまに瞬のお父さんに会う。でも最近は全く顔を合わせない。
携帯で時間を確認して息を吐くと、瞬が家から出てきた。
「遅いよー……」
走ってもバスには間に合わない。はじめての遅刻決定だ。
「待っといて文句言うな」
「そうだけどさー……」
門扉を閉める瞬を横切り、エレベーターを目指す。
「いちいち対応してられねえんだよ。昨日みたいに正門から教室行くまでのあいだ、ずっと絡まれてみろ。今日こそは腹の虫が治まらねえ」
エレベーターに乗り込み、持っていた紙袋を瞬に見せる。
「おにぎり作った。食べる?」
「……、1個は今食う。あとはバッグにいれとけ」
サランラップに包まれたおにぎりをひとつ取った瞬は、エレベーターを出てすたすたと歩いて行く。わたしは瞬が背負うバッグになんとか残りのおにぎりを詰め込む。
バス停へ向かっていると、瞬は「さすが万代」と言った。見ればおにぎりは半分になっていて、具の牛カルビも減っていた。
「もっと褒めてくれてもいいよ」
ふふふと笑うわたしに、瞬は微笑む。
……『調子のんな』って言ってよ。そしたら『やっぱり返して』っておにぎりを奪い合えるのに。
望んでいなかった瞬の微笑みに、バスに乗ってどこかへ行こうって言ってしまいたくなる。そうしないのは、瞬が弱音を吐かないから。
「……瞬。わたし昨日、ハカセと話したよ」
足元に視線を落とすわたしの耳に、サランラップを丸める小さな音が届いた。